【note】『ダーウィンの悪夢』を観て思ったこと
とれです。
『ダーウィンの悪夢』というドキュメンタリー映画を観ました。
私はこの作品を大学の授業で観て、数十年経った今でも、頭にこびりついています。それぐらい衝撃的な作品でした。
内容はこんな感じ(一部ネタバレあるよ)
『ダーウィンの悪夢』は、タンザニア北部のヴィクトリア湖に外来種のナイルパーチが放たれたことによって、生態系およびそれを取り巻く周りの環境が一変してしまうという内容。
ヴィクトリア湖は約500種類以上の在来魚が生息しており、世界最大級の淡水魚の多様性を誇る湖で、生物学的にも「進化の実験室」と呼ばれていました。
湖沿いの村々では多くの人が、地元漁業と魚の加工・販売で生計を立てていました。
- 小舟で漁をする漁師
- 家で魚を干物や燻製に加工する女性たち
- 近くの市場で魚を売る商人や仲買人
- 魚を運ぶ人、網を作る人、船を直す人
お金を多く稼げるとかではないですが「家族が食べる魚がある」「近所で助け合える」という、生活が安定した地元経済が存在していました。
ただ、1950年代にヴィクトリア湖にナイルパーチが放たれたことによって、在来種が絶滅し、ナイルパーチが大量に繁殖します。
ナイルパーチは非常に大きく、脂がのっていて、ヨーロッパ市場では高級白身魚として人気があります。
そのため、ヨーロッパの企業がヴィクトリア湖近辺に多くの加工工場を建設し、ナイルパーチでビジネスを始めます。
ナイルパーチのフィレ(骨や頭を除いた身の部分)だけを切り出して、空輸でヨーロッパへ輸出。
また、労働力としては、現地の漁師や工場労働者を雇います。
一見現地も潤うかと思いきや、彼らにはほとんど利益は還元されません。
また、工場は重労働や夜勤もあるため、基本的に女性は雇われません。
そのため、職が無くなった女性は売春をしてお金を稼ぎます。
そしてHIVやエイズが蔓延。
病気で亡くなる親や望まれない子供がストレートチルドレンとなります。
子供たちはお腹を満たすために、ゴミ山から、フィレを取った後の骨・頭・内臓などの残骸を煮て食べます。
食べ物が手に入らない時は、空腹を紛らわすために接着剤を吸います。
ナイルパーチによって企業は豊かになるほど、現地では子供たちが、将来を夢見ることすら許されない状況です。
これがざっくり『ダーウィンの悪夢』の内容。
遠い国の話なのか
一見、私たちとは関係のない「遠い国の問題」に見えるかもしれません。
けれど、この映画で映し出されている構造は、現代の日本にも深く通じるものがあります。
映画の中で、ナイルパーチのフィレはヨーロッパへ高級食材として輸出されます。
しかし、地元の人々には魚の残骸しか残らない。
利益は外国企業に集中し、現地では失業と飢餓が広がる。
この構造は、私たちの社会にも形を変えて存在しています。
会社員が毎日長時間働いても、給料は増えず、株主や経営層に利益が集中していく。
消費者として安い商品を手にしても、その裏では誰かの低賃金労働や環境破壊が起きている。
つまり、『ダーウィンの悪夢』は「遠い国の物語」ではなく、資本主義社会の縮図を描いているわけです。
どうすればいい?
この話をしたけど、結局何が言いたいかというと「考えることをしよう」と思った(あくまで私は)
ナイルパーチが生態系を壊したように、私たちの働き方も「過剰労働」「ストレス」「心身の疲弊」といった見えない崩壊を起こしている方もいるかと思います。
働くこと自体を否定するのではなく、自分の時間・健康・家族との関係を犠牲にしすぎない働き方を選ぶこと。
それが、持続可能な生き方のエコシステムを守ることにつながります。
私たちは毎日、食べる・買う・使うという行動を通してどこかの誰かの人生に影響を与えています。
例えば100円のコーヒーの裏には、コーヒー農家の低賃金や環境問題が隠れているかもしれない。
でも「この商品はどこから来たのか?」と一度立ち止まって考えること、それが搾取の連鎖を断ち切る第一歩だと思います。
だからこそ大切なのは、「自分の選択を意識すること」「生活の中に小さな倫理を持ち込むこと」。
そうした日々の選択が、少しずつ社会の循環を変えていく力になるのかと思います。
ってことで、『ダーウィンの悪夢』面白い作品なので良かったら見てね。
終わり。